センター長インタビュー

DXではなく、XDXと名付けた真意とは

井上創造

教授・博士(工学)
ケアXDXセンター長/大学院生命工学研究科 人間知能システム工学部門/AUTOCARE CTO

令和4年度4月から新たに設立された、ケアのDX(Digital Transformation)だけでなく成功体験を得るための「XD」を行う国立大学法人九州工業大学の「ケアXDXセンター」。新センター長、井上創造氏にその信念を持つに至る経緯や背景について語っていただきました。

人間関係に悩む、普通の少年だった

―華々しい経歴を持たれていますが、やはり子供の頃はいわゆる神童だったのでしょうか?少年の頃と高校生の頃について教えてください。
いえ、親はどちらも普通の教師で、自分も普通の少年でした。ただその頃はファミコン等ゲームの全盛期でみんなゲーム機を買ってもらっていたのに、親は僕には絶対に買ってくれなかったんですよね。でもなぜか質屋でNECのPC80-01を買ってくれました。なのでゲームで遊ぶためにはプログラミングでゲームを作らざるを得なくて。おかげでゲームにのめり込みすぎず、かつ自然にプログラミングができるようになりました。
高校の時は100人近い部員がいる吹奏楽部に入って、最終的に部長になりました。常にコンクールなどのイベントに追われていましたし、思春期の人間が100人近くいたのでさまざまな人間模様がありました。今思うと大変だったんじゃないかと思うのですが、特別辛かったと言う記憶はありません。
ーその頃から現在の先生の片鱗が伺えますね。大学の頃はどんな学生でしたか?
九州大学工学部の情報工学科でDoctorを取得しました。就職活動はしましたが、当時流行っていたMPEG等の動画圧縮技術にどうしても興味が持てませんでした。もし現在学生であれば、また違った選択をしていたかもしれません。結局そのまま大学に助手として残りました。

センター長インタビュー

机上の空論で終わらせたくなかった

ー就職活動では生涯の仕事と思えるものに出会えなかったのですね。それでは大学の助手になってからはどのようなことに携わられたんですか?
データベースについて研究しました。自分は研究を机上の空論で終わらせずに役に立たせたいと思い、プロトタイプをつくりました。最初に手がけたのは図書館の非接触カードです。ICカードを書籍に貼って返却手続き等を効率化するシステムを構築しました。こちらは、九大や長崎の図書館で実証実験を行っています。大変でしたがそれなりにちゃんとした結果を出すことができ、おかげで福岡市の消防局から声をかけてもらうことができました。そこでは急病人のトリアージ※1をICタグで作成して管理するシステムを構築しました。

※1トリアージ(triage):災害発生時などに多数の傷病者が発生した場合に、重傷度や治療緊急度に応じた「傷病者の振り分け」を行うこと。 災害時においては医療スタッフや医薬品などの医療資源が限られるため、より効果的に傷病者の治療を行うために、治療や搬送の優先順位を決定することが非常に重要になる。

ーここで先生と医療業界との接点ができたわけですね。
はい。この消防局の仕事がきっかけとなり、医療関係のビッグデータをやってくれないかと言う話をいただくことができました。その中で九大の病院の先生と繋がり、そこから本格的に医療の世界に関わるようになりました。ただ最初の3年間は病院という独特な環境の中でいろいろ模索しながら試行錯誤して、その後、自分を活かせる立ち位置を把握できるようになりました。例えばコンペの時に企業同士が小競り合いをおこした時に自分が調整役にまわるとうまくいくとか。要は異なる価値観・企業・業界がコンフリクトを起こしかけた時それが致命的なものになるまえに落としどこをつけることが得意なんだなと。プライベートでは同じ吹奏楽部の部員と結婚し、子どもも2人恵まれました。
ー高校時代の部長経験が活かされてますね。それからも研究は続けられたのですか?
九州大学で「やれることはやった」と感じてからは次のステップを探し、2009年に九工大戸畑キャンパスに准教授として着任しました。大学1年生から3年生までにコンピュータを教えました。基本的なスタイルはPBL※2です。

※2PBL(Project Based Learning)。別名「課題解決型学習」とも呼ばれ、知識の暗記などのような生徒の受動的な学習ではなく、自ら問題を発見し解決する能力を養うことを目的とした教育法を指す。生徒自身の自発性、関心、能動性を引き出すことが教師の役割であり、助言者として学習者のサポートをする立場で授業を進める。正しい答えにたどり着くことが重要ではなく、答えにたどり着くまでの過程(プロセス)が大切であるという学習理論。

ーPBLは現在文部科学省が進める「アクティブラーニング」の教育方法として非常に注目を集めていますね。具体的にどのようなことをされたのですか?
声の客観的な好感度を判定する「モテ声判定アプリ」をつくりました。最初学校の生協の前で何十人もの声を聞かせてもらい、その声がモテ声かどうか主観で採点し、比較してみました。するとモテ声の人は周波数で4番目の倍音(フォルマント)が高いことがわかりました。

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病院の先生は、患者の病院の外での生活が知りたい

ー学生たちにとっては大変有意義な取り組みになりましたね。
そうですね。そしてそのような取り組みの中で自分が痛感したのは”データの重要性”です。そしてそれは、その技術が必要とされる現場の”外”にあることがとても多い。例えば糖尿病のような生活習慣病患者のデータは病院で収集できるバイタルだけではなく、病院の外での生活のデータが肝要になります。何を食べて飲んだのか、どれくらいどんな運動をいつしたのか等ですね。その過程で”介護”に行き着きました。病院にいく前やいった後に”介護”というフェーズがあります。
ーここで先生と介護は接点をもったわけですね。
そして2014年、その当時から介護ロボット等の研究で有名だった柴田先生(現在のケアXDXセンターの副所長)からコンタクトがあり”会いましょう”とお声がけいただきました。ただその直後にドイツカールスルーエ工科大学訪問研究員となって家族と共に1年間ドイツで暮らすことになったので、実際にお会いしたのはその1年後、2015年ですが。
それから柴田先生がスマートライフケア共創工房を設立し、おかげで私自身も介護業界と繋がりを持つことができました。その中で驚いたのはとにかくびっくりするほどさまざまなことが電子化されていないことでした。今だに手書きで介護記録をとっている施設もあります。
つまり、本当に現場で必要とされているデータが収集されていないのです。インターネットを使うと恣意的なデータはすぐ取れるので、頭の良い人はデータを取得することに工数を使いません。介護現場も低い報酬の中、報酬単価につながらないことはやりません。なのでこの国では、現場で使えるサービスを育てるためのデータが取れない仕組みになっています。なので日本ではこれだけ高齢化が進んでIT化が必要とされているのに、IT化が進みません。だからこそここは大学が取り組む分野なのではないかと思いました。スマートライフケア社会創造ユニットでは先生がすでにロボットでさまざまな研究を進められているので、自分はもう少し広いITという視野で介護・福祉を見据え、学問として主導的に進めていけたらと思いました。
ーデータ取得の過程で、介護が学問として捉えられるようになると素晴らしいですね。
そうです。昔の看護師と今の介護士はよく似ています。昔の看護師は今より相対的に地位が低かったのですが、学会をつくり研究を進めることで改善されました。介護士も研究を進めることで立場を向上できるのではないかと私は思います。教育は知識を教えるだけではなく、行動変容をおこすことができるのです。
ーご両親が教師だった先生から伺うと説得力があります。そして満を持してXDXセンター設立となったわけですね。この枠組みの中で先生が大切にしていきたいこと、そして5年後に実現したいことがあれば教えてください。
大切にしたいのは「異なる価値観を受け入れること」です。おそらく研究を進めること自体はそんなに難しくはありません。研究が進まない部分がポイントです。コンフリクトを楽しみながら、さまざまな価値観に触れていけたらと思います。
5年後は、まずはまた今手がけている「ケア」天気予報をもっと普及させたいです。その過程で介護の横のつながりから、地域医療連携で在宅看護・在宅介護の人に助けを提供できるサービスを提供できるようになればと思います。

井上 創造 教授 博士(工学)
大学院生命体工学研究科 人間知能システム工学専攻
Web・行動認識・機械学習、医療・介護応用
1993年福岡県立三池高校、1997年九州大学工学部情報工学科卒。2002年九州大学大学院システム情報科学研究科博士後期課程修了。2002年より同システム情報科学研究院・システムLSI研究センター助手.2006年より同附属図書館研究開発室助教授(准教授).2009年より九州工業大学大学院工学研究院基礎科学研究系准教授.2018年より同大大学院生命体工学研究科,2020年より同大教授.現在に至る.この間,2009-2014年九州大学附属図書館特別研究員,2011-012年九州大学大学院システム情報科学研究院非常勤講師,2014年ドイツカールスルーエ工科大学訪問研究員,2015-2016年九州先端科学技術研究所特別研究員,2017-2019年株式会社TeamAIBOD技術顧問,2017-2019年理化学研究所革新知能統合研究センター客員研究員.2019年コロンビアロスアンデス大学客員教授.2020年-合同会社AUTOCARE CTO.2022年-九州工業大学ケアXDXセンター長.Web/ユビキタス情報システム、スマートフォンを用いた人間行動認識、センサ情報システムの医療応用に興味を持つ.看護行動や介護行動に関する行動センサビッグデータを集め,解析を進めている.情報処理学会理事およびシニア会員,IEEE, ACM, 日本データベース学会、電子情報通信学会,日本知能情報ファジィ学会,日本医療情報学会会員.

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